「白い花が見えた。
畑一面に白いリンゴの花が咲いていた。
何年も花を咲かせなかったリンゴの木が、いっせいに花を咲かせていた。
本当に感動したとき、人は言葉も、表情すらも失ってしまうものらしい。何か言葉を発することもそこから動くことすら忘れて、二人はその場に立ち尽くしていた。
春と言っても、岩木山の山麓に吹く風はまだ冷たい。その冷たい風に吹かれたせいなのだろう、夫の目にも、妻の目にも、うっすらと涙が浮かんでいる。
九年ぶりのリンゴの花見は、涙に濡れていた。」

『奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録 石川拓治/著 NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」制作班/監修』より

以前、テレビで木村さんのことを知りこの本を読んでみたのですが、一言で言うと「壮絶」です。農薬も有機肥料も使わずにリンゴを実らせるということがどれほど大変なことだったか、テレビでは伝えきれなかった木村さんの壮絶な苦労がここに書かれています。

リンゴの木というのは病害虫に非常に弱く、農薬を使わないとあっという間に虫が大量発生し、葉が病気に侵され枯れ落ちる。そして秋になると枯れ山のような畑でリンゴの木が花を咲かせる。いわゆる狂い咲きと呼ばれるもので、来年の春に咲く花芽が咲いてしまうのである。つまりそれは来年のリンゴの収穫も絶望的になったことを意味しています。
木村さんも何万、何十万という虫を手作業で一つ一つ取り除いたり、リンゴの木にニンニクやトウガラシ、醤油、味噌、牛乳、日本酒、焼酎、小麦粉、酢など、農薬に代わるのではないかと思われる食品を次から次へと木に散布していくのですが、満足な効果は得られません。そういった生活が何年も続き、やがて貯えも底をつき木村さん一家の生活は困窮していきます。そして、精神的にも追い詰められ木村さんはとうとう死を決意するのですが。。。

タイトルの「奇跡のリンゴ」
まさにそのとおりだと思います。
もし最初にトラクターでトウモロコシ栽培を始めようとしなかったら。もし本屋で偶然にも「自然農法」に関する本を買うはめにならなかったら。もし死ぬことを決意して登った岩木山の森の中である木に出会わなかったら。いくつかの偶然がかさなりこのリンゴは生まれたと言っていいかもしれません。

そして、この本には木村さんの言葉がたくさん出てくるのですが、それを何度も読んでいてあることに気づきます。それは、木村さんがリンゴの木をただの植物と思っていないという点です。たとえばこんなことを木村さんは言っています。

「まあ、そういう感じで、ほんとに少しずつではあったけど、私のリンゴを買ってくれるというお客さんが増えていったのな。あの時のリンゴはどういうわけかすごく甘かったんだよ。今よりもずっとな。甘いなんてもんではなかったな。ナイフで切るとさ、切ったリンゴがナイフにくっついてくるほどであった。なんでだろうな。リンゴの木が、ちょっとだけ、私を手助けしてくれたのかもしれないな。」

“リンゴの木が、ちょっとだけ、私を手助けしてくれたのかもしれないな。”
冗談で言っているように思われるかもしれないが、おそらく木村さんはリンゴの木を感情のある生き物だと本気で思っているんだと思います。だから心の底から自然にこういう言葉が出てきてるんだと思いますね。

つまりこういった考えに辿り着けたからこの偉業も成し遂げることができたんじゃないかと思います。

それと、木村さんのある発見によってリンゴの木は再生への道を進んでいくのですが、その木村が見つけた理論を読んでいると、生命の神秘というか、まだまだ我々は自然について何も理解していないんだなと思いますね。

人生にはときに、いくら努力しても結果が伴わなず苦労することがあります。そんなときこの本を読むと非常に勇気づけられると思います。

「奇跡のリンゴ」管理人も一度味わってみたいものです。

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